マルソリ・ラボ
言語学、音声学、日本語、韓国語など。
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Language Researchの最新号
ソウル大の語学研究所が出版している言語学の学術誌 Language Research (어학 연구)の最新号(第45巻第1号)に私の論文が載りました。今回は一般の投稿ではなく,依頼されて特集号に寄稿したものなので,最初から載ることはほぼ決まっていたわけですが,それでも実際に掲載されるとやはりうれしいです。

ちなみにタイトルは
Merger-in-progress of tonal classes in Masan/Changwon Korean
詳しい情報はこちら。ダウンロードもできます。

ちなみに今回の特集はKorean Accent, Tone and Intonationということで,私の論文のほかに,伊藤智ゆきさんとKenstowiczの共同研究の論文だとか,Jun Sun-Ahさんとその教え子の人による論文なんかも載っています。そんな中に自分の論文を入れてもらえたことをうれしいと思う一方で,この分野の研究者の多さに,めんどくさいなあと思ったりもします。

まあでも,私と他の研究者との間には考え方の相違が少なからずあるので,うまく自分の主張をしていければいいなあと思います。その考えの核心は,今回の論文ではほとんど扱いませんでした。今後のお楽しみ・・・というか,早くそっちも表に出さないとと思いつつ,他の仕事に追われて出来ないでいる今日この頃なのです。
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疑問詞スコープなどにおける高平のピッチ(金次均 2002より)
慶尚道のいろいろな方言において,疑問詞のスコープが高く平らなピッチを示すことが知られています。久保智之先生がいろいろ発表されていて,以前にそれについての記事を書きました。例えば,

(1) 김치 물래? (HLHL) (キムチ食べる?)
(2) 무슨 김치 물래? (LHHHHL) (何のキムチ食べる?)

という具合です。本来のアクセント・トーンが失われてしまうのが特徴です。

似たような現象は福岡方言にもあることが知られていて,これもやはり久保先生が論文を書いています。福岡方言についてはさらに,Jennifer Smith氏が論じたり,五十嵐さんがフォーカスと絡めて分析したりしています。そんなわけで,けっこう話題の現象なわけです。

さて,この現象,今読んでいる金次均(2002)でも取り上げられていました(記事12)。慶尚道の昌原方言に関してです。データがいろいろ出ていました。

私が興味を持ったのは,この方言では似たような現象が疑問詞のスコープ以外にも観察されることです。取り上げられていたのは以下の副詞。(丸括弧内は標準語形)

안 [p.294ff.]
잘 [p.300f.]
잘몬 (잘못) [p.300f.]
더 [p.300f.]
고마/고만 (그만) [p.300f.]

いずれの場合も,後続の語(ときとして2語以上)までが1つの単位にまとまり,LH...HL(金次均氏にしたがえばMH...HM)というピッチをとります。後続語の本来のアクセント・トーンが失われること,次末音節から最終音節にかけて下降が現れることが特徴です。

昌原方言の韻律句形成(金次均 2002より)
前回の記事に引き続き,金次均氏の本に関する話です。

김차균 (2002) 영호남 방언 운율 비교. 역락.

第9章に興味深い話がありました。

この方言のピッチを文レベルでみたときに,本来の(単語単独の場合の)ピッチと比べてどのような変化があるか。著者は2通りの変化があると述べています。
A.. 声調形の結合
B. 音調形の弱化

# この著者が「声調」と「音調」をどういうふうに使い分けているのか,私にはいまいちよくわかりません。それはともかく,この2つの変化が意味するところはだいたいわかりました。以下は私の言葉で説明します。

Aは複合語トーン規則と同じ規則に従って変化するというもの。例えば,(1)が本来のトーンで,これが(2)になるというもの。

(1) ppee # mukcci # malko
  MM   HM    LM
(2) ppee mukcci malko
  HH   MM  MM

# 例はp.262 (74)より。
# 私はH(高音調)とL(低音調)の2つで表記してきたのですが,ここはとりあえず著者の表記に従って,H,M,Lの3段階の表記に。

Bは本来のトーンをとどめつつ,ピッチレンジが狭まるというもの。著者はこの場合をh, m, lというように小文字で表記しています。この場合,(1)は(3)のように発音されるとのこと。

(3) ppee mukci malko
  HH   hm  lm

著者はこの現象について,以下のように整理しています。

(4) (= p. 264 (78),拙訳)
a. 1つの語節は伝達のフォーカスになったり強調または対照されるとき強勢を受ける。
b. 1つの文の中で,声調形(/音調形)の結合の領域は,強勢を受ける語節から次の強勢を受ける語節の直前の語節までである。
c. 1つの文の中で,声調形(/音調形)弱化の領域は強勢を受ける語節の直後の語節から次の強勢を受ける語節の直前の語節までである。
d. ただし領域内で声調形の結合が生じるか音調形の弱化が生じるかは任意的である。

# (4a)でなぜ「1つの」という修飾語がつくのかよくわからないです。私の訳し方が悪いのか・・・?
# なお,「語節」というのは韓国の国語学の用語で,日本の「文節」に似た概念です。
# 「強勢」と書かれているのは,別の言い方をしたほうがいいでしょう。「プロミネンス」かな・・・。

要するに,(4b)がAに,(4c)がBに対応しているわけです。

なお,(4d)に関しては次のようにも述べています。以下は私の言葉におきかえてまとめたものです。

(5)
a. 語節内の形態素間では弱化(B)よりも結合(A)をすることが多い。
b. 語節間では結合(A)よりも弱化(B)をすることが多い。

(6)
a. 疑問詞や否定の안などが先行する場合は長く結合することがある。
b. aのケースを除けば,2~3の語節を超えて結合することはない。
c. bのケースにおいても,音節数が少ないほど結合しやすく,多いほど結合しにくい。

(6a)の疑問詞や否定の안に関しては,別のところで詳しく書かれていました。これについては後日あらためてまとめてみます。

次のようなことも書かれていました。


特別な場合を除けば,声調形の結合は2つの成分が修飾・被修飾の関係にあったり,目的語と他動詞の間の場合が多く,主語と自動詞の結合もときどき現れる。{-・아/・어}語尾を持つ本動詞と助動詞,合成動詞などの場合はさほど結合する方ではない。(p.265f. 拙訳)


こういう話,おもしろいと思いませんか?(誰に向かって話しかけているんでしょう?(笑))




なお,ちょっと似たような話,私も論文の中で書きました。昨年夏にポスター発表した馬山・昌原方言の韻律に関する論文。そこでは,フォーカスをおいた場合に,フォーカスのある語から後続の語にかけて1つの韻律句にまとまる場合と,2つに分かれて後ろのピッチレンジの上限が抑えられる場合があると書きました。上のAとBにほぼ対応します。全く同じではありませんが。

上の(2)と(3)の例では,実は両者は弱化の程度の違いだという解釈も成り立ちます(つまり,(2)は極端な弱化のケースだと)。私が調べた中では,AとBがはっきり違った現れ方をするケースがいろいろ観察されました。

私の論文と金次均氏の本では,同じ方言を扱っています。(というか,金次均氏はこの方言のネイティブ。)ただし,世代がかなり違います。私が若い世代に関して観察したことが,もっと上の世代でも同じように起きているというのが,私にとって非常に興味深かった点です。ただ,私の論文の中では,トーンのレキシカルな型(いわゆる「アクセント型」)とA/Bの現れ方の関係をいろいろ見たのですが,この本ではそのへんがわからないのが残念な点。本に収められている資料を自分で見ていけば,わかるのかもしれませんが。

あと,音節数に関する話は,私の論文と一致する点です。これに関しては,別の方言にも観察されました。今年の夏に大邱方言に関して発表します。

まあ,本来だったら,自分の論文を発表する前にこの本に目を通していて,論文中で言及をすべきだったのですが。改訂の際にはもちろん言及します。




なお,金次均氏の本の中では,弱化した場合の具体的なピッチの現れ方についても述べられています。それによれば, h (Hの弱化したもの)は H より低めに現れるが l (Lの弱化したもの)は L より高めに現れると述べています(p.265ff.)。これがもし本当だとしたら,一般的な韻律理論の観点からしても重要な意味を持つことだと思います。でも,本当なのか・・・私はちょっと懐疑的ですが。

金次均氏の「韻律句」と複合用言
最近,以下の本を読んでいます。

김차균 (2002) 영호남 방언 운율 비교. 역락.

韓国語の慶尚南道昌原方言と全羅南道潭陽方言の韻律を扱った本。とても分厚い本でまだ前半しか目を通せていませんが,その中で1つ気になった箇所が。


この本において韻律句は,許雄(1965,1972)の語節を含むのみならず,文法的な複雑性や大きさに関わらず,1つの韻律形で発音されさえすれば,形態素,語,またはそれより大きな単位である句や文,ときには2つ以上の文を指すこともあり,ときには語の一部分(例:/이・일#나・다/ <일어나다>,/개・앤#・찮・다/ <괜찮다>はそれぞれ1語が2つの韻律句から成っている)を指すこともある。この本において用いる韻律句は,現代の音声学や音韻論における音韻論的な語,韻律的な語,韻律語よりその含む範囲が多様で広い。(p.39 注16,拙訳)


# 本文で/이・일#나・다/の다の左脇に点があるかどうかは,見にくくてよくわかりません。私の慶尚道方言に関する知識から判断するに,たぶんあるはず。

似たような概念はいろいろあると思います。アクセント素,アクセント単位,アクセント句・・・。それぞれ少しずつ定義が違ったり,あるいは定義がよくわからなかったり。「1つの韻律形で発音」というのも,なんとなくわかるのですが,実際には判断の難しいケースがいろいろあると思います。

それはともかく,気になったのは1語が2つの韻律句で発音されるケース。ハングルの脇の点がトーンを表しているわけですが,著者独特の表記なので,以下にわかりやすく書き改めてみます。

(昌原方言の場合)
/iil+nata/ (起きる) [HL][HL]
/keen+chantha/ (大丈夫だ) [HL][HH]

# ハングルは音素表記に(hは正確には上付きにすべき。あと,nataのnは流音化するので l にしたほうがいいのかも。)Hは高音調,Lは低音調(著者の表記ではLではなくM)。[ ] は韻律句。

日本語の感覚からすると不思議な現象です。でも,方言ネイティブの著者がそう言っているのだから,きっと本当にそう発音するのでしょう。こういう例,もっと知りたいです。

Kenstowicz, Cho, and Kim (2008)
Michael Kenstowicz, Hyesun Cho, and Jieun Kim (2008) A note on contrasts, mergers, and acquisitions in Kyungsang accent. Toronto Working Papers in Linguistics 28, 107-122.

大邱方言・釜山方言のアクセントと中期朝鮮語や現代朝鮮語咸鏡道方言のそれとがどう対応しているかをRamsey (1975) にそって示し,いくつかの型が大邱方言・釜山方言の単語単独形においてmergeしていることを示している(例えば釜山方言における2音節語のLHなど)。さらに,音響分析により,それらが本当にmergeしていることを確認している。また,中期朝鮮語との関係において例外的な対応を示すものについて,その理由を考察している。




中期朝鮮語と現代諸方言の対応関係,およびそこに見られるmergerについては,よく知られていることです。それを実際に音響分析によって測定してみたのが新しいところ。研究ノートということで,インフォーマントは各方言とも一人ずつです。

なお,この論文の中で言及されていた他の興味深い論文。
Michael Kenstowicz and Chiyoun Park (2006) Laryngeal features and tone in Kyungsang Korean: A phonetic study. Studies in Phonetics, Phonology, and Morphology 12. 247-264.

慶尚道方言における平音・激音・濃音とピッチの関係を扱った論文のようです。私も気づいていた現象ですが・・・先にやられていたようです。

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