マルソリ・ラボ
言語学、音声学、日本語、韓国語など。
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変化と変異の世界へ
最近,学会発表のアブストラクトを書き直しています。LabPhonという,実験音韻論の学会です。12月に最初のアブストラクトの締め切りがあり,今月,採択という審査結果を受け取りました。修正したアブストラクトの締め切りは4月。

そもそも12月にアブストラクトを提出したときは,この研究がどういう意義があるのか,学問的にどのへんに位置づけられるのかが,自分でもよくわかりませんでした。採択されることを期待せず,完全にダメモトで提出したわけです。だから,採択の結果を受けたとき,自分でも驚いてしまいました。

内容はというと,韓国語慶尚南道方言の韻律に関するもの。昨年夏にIntonational Phonologyのワークショップで発表した論文と同じ方言を扱っていますが,夏のとは違う角度から。もっと具体的に言えば,2つのアクセント型の融合,およびそれとイントネーションとの関わりについてです。

それが,最近になって,位置づけがちょっと見え出してきました。キーワードはlexical diffusion。この言葉,審査結果のコメントの中に出てきたのですが,語彙的な拡散?なんのことだろう?と思いつつ,深く気に留めないでいました。その後,こちらでのミーティングで,変異に関する論文を討論(といっても,私はついていけず,ただ聞いているだけ)したとき,この言葉を再び耳にしました。これってもしかして術語?と思って調べてみたら,やはりそうでした。

参考になったのは,このページ:
 日本語起源の探究 > Break と Meat の母音の発音はなぜ異なるのか?(音韻法則の破綻について)
(ちなみにこのウェブページの作者は言語学の「アマチュア」だそうですが,一部の二流言語学者よりもよっぽどまともな印象を受けました。)

要するに,ある音韻的条件を備えた語すべてに同時に生じる音韻変化ではなく,いくつかの語にまず生じ,さらに別の語に生じ・・・というように,ちょっとずつ適用される語が広がっていくようなタイプの変化のようです。上のウェブページで紹介されているフィラデルフィア方言の研究というのは,たぶんLabovによるものかと。

さらに,Google scholarでlexical diffusionを検索してみると,いろいろな論文が引っかかりました。私の知っている名前だと,Bybeeとか。なるほど,そのへんの路線とつながってくるわけですね。

今までlexical diffusionという術語を知らなかったことが恥ずかしい限りですが・・・。ともかく,この言葉をキーワードとして,研究の位置づけが見え出してきました。私が取り上げようとしている現象自体は,たぶんlexical diffusionとは言えないだろうと思います。が,いずれにしても,言語変化と言語変異に関する議論と関わってきそうです。今回発表に採択された以上,この世界のことをある程度勉強した上で発表にのぞむ必要がありそうです。

音声学から出発した私の研究が,Intonational Phonologyを経て,ついには言語変化と言語変異の世界へ。ダメモトで気軽に書いたアブストラクトから,思わぬ世界に足を踏み入れてしまいました。まあでも,慶尚道方言のアクセントを扱う限り,避けられない道だったと思います。若年層では明らかに体系が崩れてきているわけで,その崩れかけた状況を扱うには,安定した体系に基づいて作られた理論だけでは,なかなかうまくいかないでしょう。

このまま,その世界にどんどん分け入っていくことになるかはわかりません。1人で本格的にやるには荷が重いので,その方向の専門家と一緒にできれば一番いいのですが・・・。

金次均氏の分厚い本たち
昨年の暮れから年明けにかけて韓国に行ったとき,専門書をいくつか買ってきました。特に,慶尚道方言の韻律研究で有名な金次均氏の本など。買ったまましばらく手に取ってすらいなかったのですが,先日ちょっとぱらぱらっと眺めてみました。以前に買った本,読んだ本なども含めて,その位置づけをちょっと整理してみます。

1993. 우리말의 성조(国語の声調). 태학사.

過去の論文を集めた論文集。中期語に関する論文が多いです。最後に収められた「日本の言語学界の韓国語声調研究史」は,金次均氏の考え方と日本の学者の考え方を対比する上で面白いかもしれません。

2002. 국어 방언 성조론(国語方言声調論). 역락.

慶尚北道星州方言と慶尚南道固城方言の比較。体言,用言が扱われています。(二つの方言しか扱っていないのに,どうしてこんなタイトルをつけるかなあ…。私はこの本を買ったとき,これを読めば韓国語の方言アクセントの全てがわかると期待したのですが…。)
なお,この本は以前に読んでブログにまとめました。(第1章~第4章第5章第6章第7章~第10章

2002. 영호남 방언 운율 비교(嶺湖南方言韻律比較). 역락.

慶尚南道昌原方言と全羅南道潭陽方言の比較。文レベルの現象が中心のよう。私の研究と関わるかも。

2003. 영남 방언 성조 비교(嶺南方言声調比較). 역락.

第1部は慶尚北道安東方言と慶尚南道密陽方言の比較。第2部以降では,さらに慶尚南道昌原方言も加えています。用言の分析が中心のよう。




金次均氏はこれ以外にもたくさん本を書いていますが,入手できていいません。氏の著作には,1つの大きな共通点があります。とにかく分厚い!

中身の4分の3ぐらいは資料です。資料がたくさん公開されるのは,基本的には良いことだと思います。ただ,本当は,この手の資料は電子化されて検索ができるようになっていた方が,使い勝手がはるかにいいと思うのですが・・・。

それにしても,専門書をこうも頻繁に出せるのが,不思議でなりません。日本と韓国では専門書の出版事情が違うのでしょうか・・・。

Jun et al. (2006)
J. Jun, J. Kim, H. Lee, and S.-A. Jun (2006) The prosodic structure and pitch accent of Northern Kyungsang Korean. Journal of East Asian Linguistics 15, 289-317.

以前に部分的に読んだ論文ですが,改めて通して読み直してみました。私の研究と密接に関わる先行研究です。




韓国語慶尚北道方言ではピッチが弁別的である。これには,4つのクラスがある。【ちなみにここでの慶尚北道方言とは,後に著者の1人に直接確認したところによれば,大邱方言だそうです。】

Initial: 第1音節が高い
Penult: 次末音節が高い
Final: 最終音節が高い
Double: 第1音節と第2音節が高い

この論文では,音響分析を行うことで,この方言の韻律構造とピッチアクセントを明らかにしている。【なお,ここでの「ピッチアクセント」というのは,日本のアクセント研究でよく用いられるところの「ピッチアクセント」とは異なります。日本でよく用いられる用語では,「アクセント核」に相当するものです。】

まずは,トーンがどのように指定されるかを検討している。それによれば,ピッチアクセントはH*+Lである。Doubleの場合,H*は第1音節と第2音節の両方にリンクする。韻律語の初頭には%Lが指定される。%LとH*の間には表層においていかなるトーンも指定されず,ピッチの実現においてはinterpolationが生じる。H*+LのLはアクセントの置かれた音節の直後ではなく,2~3音節後に実現することが多い。

つづいて,様々なアクセント型の組み合わせに対してフォーカスを置いた場合にどうなるかを検討している。それによれば,フォーカスの置かれた語がFinal以外の場合,後続語がダウンステップする。一方,フォーカスの置かれた語がFinalの場合は後続語がアップステップする。これは,H*+Lがダウンステップのトリガになるのに対し,FinalにおいてはH*+LのLが削除され,このH*がアップステップのトリガになるのだと説明される。

一方,フォーカスのおかれた語自体は,それより前の語のアクセント型に関わらず,ダウンステップもアップステップも生じない。このことから,フォーカスの置かれた語の直前には中間句(intermediate phrase)の境界があると解釈される。中間句はダウンステップとアップステップのドメインとなる。

なお,ダウンステップにおいて,中間句内の複数のアクセントの間には谷がある。そしてこの谷は語頭に現れる。このことは,%Lの指定されるドメインが中間句ではなく韻律語であることを示している。また,アップステップにおいて谷が現れないことから,アップステップはH*のみならず%Lに対しても生じていると考えられる。

中間句よりも上位の句としては,イントネーション句(intonation phrase)が設けられる。イントネーション句の句末には境界音調が指定される。つまり,この方言は,韻律語<中間句<イントネーション句という階層構造を持っている。




というわけで,Pierrehumbert & Beckman (1988) による日本語の韻律の分析とよく似ています。

ちなみに,%LからH*にかけてのinterpolationに関しては,私が昨年発表した論文の中で批判的に扱いました。そこでの結論は,Jun et al. (2006)が言うように徐々に上昇するのではなく,アクセントの直前まで低平でそこから急激に上昇する ―つまり,アクセントの直前にターゲットがある― というものでした。今はその論文を加筆修正してどこかに投稿しようとしているわけですが,そこではダウンステップ・アップステップの問題にも少し触れる予定です。

高低変化のない方言?
韓国語ソウル方言の韻律を研究していると、ネイティブの人からよくこんなことを言われることがあります。「ソウルの言葉の発音は、高低の変化がなくて平坦だよ。」

先日、馬山(慶尚南道)のネイティブの人と話していたら、今度はこんなことを言われました。「慶尚道の方言は高低変化がなくて平坦なんだ。ソウルみたいに高低変化のある言葉とは違ってね。」
・・・これって、上のソウルの人たちが言っていた話と全く正反対です。いったいどういうことなんでしょう?

実際に研究している立場から言うと、どちらの方言にもちゃんと高低変化があります。違うのはそのパターンであって、一方にあって一方にないというものではありません。ではなぜ、自分の言葉にはそれが無いと感じるのか?私は、こんなことを考えてみました。きっと、自分の話す言葉というのはふだん意識しないので、そこに何かが「ある」とは感じないのだろう。でも、自分が普段しないような高低パターンの発音を他の言語・方言の話者がするのに遭遇したとき、そこに違いを感じ取り、高低パターンが「ある」と感じるのではないか。

慶尚道の人がソウルの発音に対して高低変化を感じるのには、もしかしたらもう一つ理由があるかもしれません。慶尚道方言は豊かなアクセントを持っていますが、イントネーションは反対にあまり豊かではありません。それに対して、ソウル方言はいわゆる無アクセントである一方で、文末にとても豊かなイントネーションを持っています。馬山の人が言っていたソウルの高低というのは、豊かな文末イントネーションのことを指しているのかもしれません。

他の言語ではどうなんだろう、というのも気になります。日本語の話者は、自分の方言や、他の方言に対してどういう感覚を持っているんだろう?私自身は音声学の世界にどっぷりつかりすぎて、そういう素朴な感覚がわからなくなってしまいました。

テーマ:韓国語 - ジャンル:学問・文化・芸術

Chung (2007)
Chung, Young Hee (2007) The Tone Bearing Unit in North Kyungsang Korean. 언어학 (En.ehak) 15 (2), 59-75. 대한언어학회 (The Linguistic Association of Korea).

別のことを調べていてたまたま見つけた論文です。要旨しか読んでいませんが・・・。

慶尚北道方言のTBU(Tone Bearing Unit)は [+syllabic] の素性を持つモーラだというのが主な主張。つまり,長母音は2つのTBUからなるが,音節末子音は独立したTBUにならないということです。その主要な根拠は,
・contour toneは長母音にしか現れない(したがって,長母音が2モーラからなり,それぞれのモーラが異なるtoneを持っていると解釈できる)
・音節末子音ではcontour toneは現れない
の2点。

ちなみに,ICPhSで窪薗先生が発表していたものも,慶尚道(こちらは南北両方)のTBUはモーラだという内容だったと思います。ただしこちらは,語末の下降調をlexicalなもの(つまり,日本でよく使われる用語で言うところの「アクセント」)とみなすことと関わっていたはずです。

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