マルソリ・ラボ
言語学、音声学、日本語、韓国語など。
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Yu (2011) Mergers and neutralization
最近読んだ論文に関する備忘録を。

読んだのは以下の論文。

Alan C. L. Yu (2011) Mergers and neutralization. The Blackwell Companion to Phonology. Blackwell.

書かれていたなかで興味をもったのは、以下の二つの話。

(1) Hyman (1976)

弁別的トーンの発生(いわゆるtonogenesis)には三つの段階がある。
Stage 1: voicingに伴う生理的なピッチの変動。
Stage 2: 上述のピッチが誇張される。
Stage 3: voicingの対立が失われる。

(2) Auditory category learningの知見(Goudbeek 2006, Clayards et al. 2008, Goudbeek et al. 2008)

聞き手はmultidimensional contrastsよりもunidimensional contrastsのほうを容易に獲得する。

---

(1)の話、韓国語(ソウル方言)の場合はどうなのだろうかと考えてしまいます。Stage 2から3に移行しつつあるところでしょうか。

(2)のような心理言語学と音声変異・変化の接点になりうるような話、最近とても興味があります。
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Language Researchの最新号
ソウル大の語学研究所が出版している言語学の学術誌 Language Research (어학 연구)の最新号(第45巻第1号)に私の論文が載りました。今回は一般の投稿ではなく,依頼されて特集号に寄稿したものなので,最初から載ることはほぼ決まっていたわけですが,それでも実際に掲載されるとやはりうれしいです。

ちなみにタイトルは
Merger-in-progress of tonal classes in Masan/Changwon Korean
詳しい情報はこちら。ダウンロードもできます。

ちなみに今回の特集はKorean Accent, Tone and Intonationということで,私の論文のほかに,伊藤智ゆきさんとKenstowiczの共同研究の論文だとか,Jun Sun-Ahさんとその教え子の人による論文なんかも載っています。そんな中に自分の論文を入れてもらえたことをうれしいと思う一方で,この分野の研究者の多さに,めんどくさいなあと思ったりもします。

まあでも,私と他の研究者との間には考え方の相違が少なからずあるので,うまく自分の主張をしていければいいなあと思います。その考えの核心は,今回の論文ではほとんど扱いませんでした。今後のお楽しみ・・・というか,早くそっちも表に出さないとと思いつつ,他の仕事に追われて出来ないでいる今日この頃なのです。

疑問詞スコープなどにおける高平のピッチ(金次均 2002より)
慶尚道のいろいろな方言において,疑問詞のスコープが高く平らなピッチを示すことが知られています。久保智之先生がいろいろ発表されていて,以前にそれについての記事を書きました。例えば,

(1) 김치 물래? (HLHL) (キムチ食べる?)
(2) 무슨 김치 물래? (LHHHHL) (何のキムチ食べる?)

という具合です。本来のアクセント・トーンが失われてしまうのが特徴です。

似たような現象は福岡方言にもあることが知られていて,これもやはり久保先生が論文を書いています。福岡方言についてはさらに,Jennifer Smith氏が論じたり,五十嵐さんがフォーカスと絡めて分析したりしています。そんなわけで,けっこう話題の現象なわけです。

さて,この現象,今読んでいる金次均(2002)でも取り上げられていました(記事12)。慶尚道の昌原方言に関してです。データがいろいろ出ていました。

私が興味を持ったのは,この方言では似たような現象が疑問詞のスコープ以外にも観察されることです。取り上げられていたのは以下の副詞。(丸括弧内は標準語形)

안 [p.294ff.]
잘 [p.300f.]
잘몬 (잘못) [p.300f.]
더 [p.300f.]
고마/고만 (그만) [p.300f.]

いずれの場合も,後続の語(ときとして2語以上)までが1つの単位にまとまり,LH...HL(金次均氏にしたがえばMH...HM)というピッチをとります。後続語の本来のアクセント・トーンが失われること,次末音節から最終音節にかけて下降が現れることが特徴です。

昌原方言の韻律句形成(金次均 2002より)
前回の記事に引き続き,金次均氏の本に関する話です。

김차균 (2002) 영호남 방언 운율 비교. 역락.

第9章に興味深い話がありました。

この方言のピッチを文レベルでみたときに,本来の(単語単独の場合の)ピッチと比べてどのような変化があるか。著者は2通りの変化があると述べています。
A.. 声調形の結合
B. 音調形の弱化

# この著者が「声調」と「音調」をどういうふうに使い分けているのか,私にはいまいちよくわかりません。それはともかく,この2つの変化が意味するところはだいたいわかりました。以下は私の言葉で説明します。

Aは複合語トーン規則と同じ規則に従って変化するというもの。例えば,(1)が本来のトーンで,これが(2)になるというもの。

(1) ppee # mukcci # malko
  MM   HM    LM
(2) ppee mukcci malko
  HH   MM  MM

# 例はp.262 (74)より。
# 私はH(高音調)とL(低音調)の2つで表記してきたのですが,ここはとりあえず著者の表記に従って,H,M,Lの3段階の表記に。

Bは本来のトーンをとどめつつ,ピッチレンジが狭まるというもの。著者はこの場合をh, m, lというように小文字で表記しています。この場合,(1)は(3)のように発音されるとのこと。

(3) ppee mukci malko
  HH   hm  lm

著者はこの現象について,以下のように整理しています。

(4) (= p. 264 (78),拙訳)
a. 1つの語節は伝達のフォーカスになったり強調または対照されるとき強勢を受ける。
b. 1つの文の中で,声調形(/音調形)の結合の領域は,強勢を受ける語節から次の強勢を受ける語節の直前の語節までである。
c. 1つの文の中で,声調形(/音調形)弱化の領域は強勢を受ける語節の直後の語節から次の強勢を受ける語節の直前の語節までである。
d. ただし領域内で声調形の結合が生じるか音調形の弱化が生じるかは任意的である。

# (4a)でなぜ「1つの」という修飾語がつくのかよくわからないです。私の訳し方が悪いのか・・・?
# なお,「語節」というのは韓国の国語学の用語で,日本の「文節」に似た概念です。
# 「強勢」と書かれているのは,別の言い方をしたほうがいいでしょう。「プロミネンス」かな・・・。

要するに,(4b)がAに,(4c)がBに対応しているわけです。

なお,(4d)に関しては次のようにも述べています。以下は私の言葉におきかえてまとめたものです。

(5)
a. 語節内の形態素間では弱化(B)よりも結合(A)をすることが多い。
b. 語節間では結合(A)よりも弱化(B)をすることが多い。

(6)
a. 疑問詞や否定の안などが先行する場合は長く結合することがある。
b. aのケースを除けば,2~3の語節を超えて結合することはない。
c. bのケースにおいても,音節数が少ないほど結合しやすく,多いほど結合しにくい。

(6a)の疑問詞や否定の안に関しては,別のところで詳しく書かれていました。これについては後日あらためてまとめてみます。

次のようなことも書かれていました。


特別な場合を除けば,声調形の結合は2つの成分が修飾・被修飾の関係にあったり,目的語と他動詞の間の場合が多く,主語と自動詞の結合もときどき現れる。{-・아/・어}語尾を持つ本動詞と助動詞,合成動詞などの場合はさほど結合する方ではない。(p.265f. 拙訳)


こういう話,おもしろいと思いませんか?(誰に向かって話しかけているんでしょう?(笑))




なお,ちょっと似たような話,私も論文の中で書きました。昨年夏にポスター発表した馬山・昌原方言の韻律に関する論文。そこでは,フォーカスをおいた場合に,フォーカスのある語から後続の語にかけて1つの韻律句にまとまる場合と,2つに分かれて後ろのピッチレンジの上限が抑えられる場合があると書きました。上のAとBにほぼ対応します。全く同じではありませんが。

上の(2)と(3)の例では,実は両者は弱化の程度の違いだという解釈も成り立ちます(つまり,(2)は極端な弱化のケースだと)。私が調べた中では,AとBがはっきり違った現れ方をするケースがいろいろ観察されました。

私の論文と金次均氏の本では,同じ方言を扱っています。(というか,金次均氏はこの方言のネイティブ。)ただし,世代がかなり違います。私が若い世代に関して観察したことが,もっと上の世代でも同じように起きているというのが,私にとって非常に興味深かった点です。ただ,私の論文の中では,トーンのレキシカルな型(いわゆる「アクセント型」)とA/Bの現れ方の関係をいろいろ見たのですが,この本ではそのへんがわからないのが残念な点。本に収められている資料を自分で見ていけば,わかるのかもしれませんが。

あと,音節数に関する話は,私の論文と一致する点です。これに関しては,別の方言にも観察されました。今年の夏に大邱方言に関して発表します。

まあ,本来だったら,自分の論文を発表する前にこの本に目を通していて,論文中で言及をすべきだったのですが。改訂の際にはもちろん言及します。




なお,金次均氏の本の中では,弱化した場合の具体的なピッチの現れ方についても述べられています。それによれば, h (Hの弱化したもの)は H より低めに現れるが l (Lの弱化したもの)は L より高めに現れると述べています(p.265ff.)。これがもし本当だとしたら,一般的な韻律理論の観点からしても重要な意味を持つことだと思います。でも,本当なのか・・・私はちょっと懐疑的ですが。

Donohue (1997)
Mark Donohue (1997) Tone systems in New Guinea. Linguistic Typology 1. 347-386.

ニューギニアの諸言語のトーンについて紹介しつつトーンの類型論を論じています。以下は私なりにまとめた要旨。



トーンは類型論的に三つにわけることができる。

1. Syllable-tone: 音節をドメインとしてトーンが指定される。したがって,音節数が増えるほど可能なパタンが増す。ニューギニアの言語では,Telefol語など。他の例としては,北京語。

2. Word-tone: 語をドメインとしてトーンが指定される。したがって,音節数が増えても可能なパタンは基本的に変わらない。ニューギニアの言語では,Kairi語など。他の例としては,Mende語,上海語。

3. Pitch-accent: 語のどれかの音節にアクセントが指定される。それによって他の音節のトーンも自動的に決まる。ニューギニアの言語では,Una語など。他の例としては,日本語(東京方言)。

これらは連続的であり,中間的な言語もある。
例えば,Fasu語は,ストレス音節がHになる型とLになる型とがある。Pitch-accentとword-toneの中間のようである。

また,(ニューギニアの言語ではないけれど)Fuzhou語(福州語?)は,syllable-toneとword-toneの中間である。(複合語の現れ方において,上海語のように単純にいかない。)



・・・こんな感じの内容でした。おもしろい論文でしたが,以下ちょっと気になった点を。

この論文,もとはといえば,斎藤(2001)の中で「早田輝洋と同様の結論に到達している」と書いてあったので,気になっていたものです。(ちなみに早田輝洋の結論というのは,早田(1999)をはじめとする早田先生の一連の著作の中で展開されているもの。)

確かに,Donohueのword-toneと早田先生の「語声調」,よく似てます。というかこれは,例えばKenstowicz(1993)とかGussenhoven(2004)に出てくるようなword melodyとはどう違うのでしょう?

それと,中間的なケースとして出てくるFasu語ですが,スウェーデン語と似ていると思います。実際本文中で,同じタイプとしてスウェーデン語が挙げられています(p.379)。最近はやりの言い方で言えばおそらく,「Fasu語にはH*とL*という2種類のlexical pitch accentがある」ということになるのでしょう。こういう見方をした場合,中間的でもなんでもなく,pitch-accentの一種になるのかと思います。

別の意味で中間的と言えるのは,大阪方言のように,(日本の伝統的な言い方をすれば)式とアクセント核の両方があるタイプの方言でしょう。早田先生はたしか,語声調とアクセントの両方があると見ていたはず。

で,最近しったのですが,原口先生なんかは,大阪方言は基本音調メロディーが2つあると考えるようです(原口 1995)。このアプローチでいくと,スウェーデン語も大阪方言と同じように基本音調メロディーが2つあることになるんじゃないかと。

スウェーデン語と大阪方言,見方によっては全然ちがうタイプですが,別の見方をすると似たような言語と言えるのかも。(別に原口先生の味方をしているわけではなくて,ただ,理論的な分析の仕方次第で類型論的分類っていろいろ変わるものだなあと。)



参照文献(上の文に出てきた順です)
# 概説書ばかりですね・・・。文献をさかのぼっていけば,もっと専門的な論文にいきつくはずです。

斎藤純男(2001)「音調の分析」 城生佰太郎(編)『日本語教育学シリーズ<第3巻> コンピュータ音声学』 おうふう.

コンピュータ音声学 (日本語教育学シリーズ)コンピュータ音声学 (日本語教育学シリーズ)
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音調のタイポロジー音調のタイポロジー
(1999/01)
早田 輝洋

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Phonology in Generative Grammar (Blackwell Textbooks in Linguistics)Phonology in Generative Grammar (Blackwell Textbooks in Linguistics)
(1993/09)
Michael Kenstowicz

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The Phonology of Tone and Intonation (Research Surveys in Linguistics)The Phonology of Tone and Intonation (Research Surveys in Linguistics)
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音韻論 (現代の英語学シリーズ)音韻論 (現代の英語学シリーズ)
(1995/01)
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