マルソリ・ラボ
言語学、音声学、日本語、韓国語など。
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Zuraw (2007)
Kie Zuraw (2007) The role of phonetic knowledge in phonological patterning: corpus and survey evidence from Tagalog infixation. Language 83, 277-316.

今度,こちらのミーティングで議論するということで読んでみました。




言語の音韻論的パタンを通言語的に見てみると,一定の傾向性があることがわかる。SPE以来の生成音韻論では,これは心の中にあるphonological knowledge(音韻知識)によるものと考えられてきた。ところが,Blevins (2004) をはじめとするEvolutionary Phonologyでは,この通言語的傾向性をphonological knowledgeによるものではなく,言語伝達の結果によるものとみなす。つまり,聞き手による聞き取られ方に普遍的な傾向性があり,それが言語変化の要因となり,その積み重ねによって通言語的な傾向性が生まれるというわけである。この立場では,通言語的傾向性はphonological knowledgeなしで説明される。さらには,phonological knowledgeの存在自体が疑われることになる。

しかし,phonological knowledgeの存在を主張する立場からは,別の観点からphonological knowledgeの存在する根拠が出されている。それは,話者がそれまで耳にした経験がない語を生み出すときにも,その音パタンは通言語的傾向性に従うというものである。この方向の研究には,借用語音韻論などが含まれる。本論文もまた,この方向の研究の中に位置づけられる。

この論文では,タガログ語の接中辞がCCVのような環境に現れる場合の傾向性を扱っている。すなわち,C-接中辞-CVとなるかCC-接中辞-Vとなるかが,CCの子音のタイプとどう関わるかである。

まず検討したのは,実際の語における接中辞の入れられ方である。ウェブ上から収集した用例を分析した結果,CCの子音によって接中辞の入れられ方が異なることが明らかにされた。これは,これまで一般的に知られている子音連続の分離の仕方と一致する。

次に,話者がこれまで経験したことのないタイプの語(語頭において歯擦音ではじまる子音連続をふくむ語)でどうなるかについて,ウェブ上でのアンケートによって検討した。その結果,上と同じ傾向性が確認された。

話者がこれまで経験したことのないタイプの語でこのような結果が現れたことは,phonological knowledgeが存在する可能性を示唆している。




伝統的生成音韻論(OTを含めて)対Evolutionary Phonologyというのは,音韻論におけるこれからの新たな対立軸になるかもしれませんね。

それと,ウェブを利用するという方法論もおもしろいです。心理学でウェブ上で実験を行うことがあるとは聞いたことがありますが,言語学でもそういうことをやっている人がいるんですね。
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Browman and Goldstein (1992)
C. P. Browman and L. Goldstein (1992) Articulatory phonology: An overview. Phonetica 49, 155-180.

有名な調音音韻論(articulatory phonology)に関する論文。聴講している授業のリーディングの課題に指定され,前から読みたいと思っていた論文でもあったので,全部読んでみました。

かなり苦労してなんとか読みましたが,それでもちゃんと理解できているかどうか不安です。以下に内容を簡単にまとめてみましたが,もし間違いなどありましたらご指摘を。




調音音韻論においては,ジェスチャー(gesture)が基本単位となる。これは,調音器官をどう動かすかを意味する。例えば,両唇を狭める,舌背を持ち上げる,など。これは一見,素性(feature)と似ているが,時間・狭めの程度・狭めの位置に関する実質的な情報をはじめから有しているという点で,素性と異なる。また,素性のようにspreadingをすることもなく,複数のセグメントにまたがって現れるジェスチャーは,はじめから複数のセグメントにまたがったものとして指定される。

調音音韻論において,音韻表示に相当するものは,gestural scoreである。gestural scoreにおいては,5つのtract variableのセットに関して,それぞれジェスチャーが指定される。この5つとは,velum, tongue body, tongue tip, lips, glottisである。この5つのセットのうちのいくつかは,さらに複数のtract variableから構成される。例えば,lipsはlip protrusionとlip apertureからなる。このようにして指定されたgestural scoreにもとづき,task dynamicsというメカニズムによって調音器官の軌跡が描かれる。そしてこれが実現されたものが出力形としての音声になる。

これまで同化や削除として捉えられてきた現象は,調音音韻論ではgestural overlap(つまり,複数のgestureの時間軸上での重なり)やある種の環境でのgestureの弱まりによって説明される。例えば,発話速度の速い発話で"perfect memory"のtが削除される現象は,後続するmのジェスチャーと重なってtが聞こえなくなったのだと解釈される。実際,調音器官の動きをみた実験において,tのためのジェスチャーが残っているという結果は,この解釈を支持する。

音節のような,nodeによって複数のジェスチャーをまとめた単位というのは,調音音韻論では認めない。音節に関わるとされてきた現象は,gesture間のphaseの問題とされる。つまり,あるジェスチャーの終端と別のジェスチャーの始端がそろうように並んでいるか,終端と終端がそろうように並んでいるかという違いによって捉えられる。




だいたいこんなところでしょうか。とにかく,生成音韻論とは根本的に異なる理論だと思います。

調音音韻論がレキシコンの側のことをどう考えているのかはよくわかりません。gestural scoreがそのままレキシコンに記録されているのでしょうか?また,論文の中ではpostlexicalな現象を取り上げて解釈を示していますが,音韻論におけるもう一つのレベル ― lexicalなレベル ― の現象はどう捉えるのでしょう?

あと,階層性の問題。韻律研究ではよく,音節,韻律語,韻律句みたいに音声を階層的に捉えようとしますが,こういう考え方は調音音韻論では否定されているということでしょうか・・・。

新年
年が明けて早くも10日が経ちました。新年のご挨拶をするにはもう遅いのかもしれませんが,皆様,明けましておめでとうございます。

年末年始は韓国にいました。新暦の正月よりも旧正月を祝う韓国なので,なんとなく年が明けたという感じです。そして,エディンバラに戻ってきました。ここでの研究員としての生活も,もうすぐ後半に入ろうとしています。

そんなわけで,新年の抱負というか,研究員2年目の目標を。

とにかく論文を書いて投稿しないと。一昨年韓国にいたときにやっていた研究が,まだ論文としてまとまっていません。こんなに時間がかかっているのは,「良いもの」を「英語」で書こうとしているからです。

そして,1年後の行き先をみつける。これが何よりも重要なことです。今年1年間は,いろいろな公募に応募することになるでしょう。業績が必要なのも,そのためです。

というわけで,皆様(特に審査をする側の皆様?),よろしくお願いいたします。

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