マルソリ・ラボ
言語学、音声学、日本語、韓国語など。
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Hyman (2006)
Hyman, L. M. (2006) Word-prosodic typology. Phonology 23. 225-257.

この論文では,単語の韻律の類型論について論じています。つまり,ストレス言語とか声調言語とか,そういう話です。著者の主張はとてもシンプルで,ストレスとトーンによって分類するというものです。著者はそれぞれを次のように定義しています。


A language with tone is one in which an indication of pitch enters into the lexical realisation of at least some morphemes.
(p.229)



A language with stress accent is one in which there is an indication of word-level metrical structure meeting the following two central criteria:
a. obligatoriness: every lexical word has at least one syllable marked for the highest degree of metrical prominence (primary stress);
b. culminativity: every lexical word has at most one syllable marked for the highest degree of metrical prominence.
(p.231)


言語によっては,ストレスとトーンの両方の基準を満たすものもあります(例えば,スウェーデン語)。一方で,どちらも満たさないものもあります(例えば,ベンガル語)。したがって,4つのタイプに分けられるわけです。

なお,上のストレスの定義には,2つのポイントがあります。一つは,最大のmetrical prominenceが一つだということ。二つ以上のものがあったり,無いものがあったりしてはいけないわけです。日本語東京方言のアクセント核はmetrical prominenceとみなせるかもしれませんが,無核語の存在があるため,ストレスの定義に当てはまらないわけです。

もう一つのポイントは,「音節」にmetrical prominenceがあるということ。「モーラ」ではいけないわけです。

# 東京方言の場合,アクセント核の位置を指定する際,モーラで数えるけれど音節に付与されるという話がありますが,そういう場合どう考えるんでしょうね?

このHymanの類型論の特徴は,日本語東京方言のようなタイプのピッチアクセントを独立した類型として認めないという点にあります。toneには 'restricted tone system' であるかどうかという点において様々なレベルがあり,restrictedの側の極に東京方言があるというわけです。

# ちなみに日本では,「ピッチアクセント」という用語を広くとり,その下位分類として声調を位置づけたりすることがあります。この場合の「ピッチアクセント」は,Hymanのtoneの定義に近い(というか,同じ?)と思います。

ストレスともトーンともとれるようなケースも挙げられています。Gussenhoven (2006) によれば,ヌビ語は,語の中でただ一つの音節のピッチだけが高くなるとのこと。上の基準ではこれは,ストレスともトーンともとれます。


Gussenhoven (2006) appropriately suggests that the Nubi prosodic system is ‘pivotal’ in
that its obligatory one-H-syllable-per-word may be interpreted either as SA or restricted T.
(p.241)


(SAはstress accent, Tはtoneのこと。)



著者の主張 ― 特にトーンとピッチアクセントに関する話 ― はかなり納得できます。中国語のようなタイプと日本語東京方言のようなタイプの間にはいろいろな中間段階があって,スパッと分けるのは難しいだろうなと思います。

一つおもしろかったのは,ストレスがあるかないかの問題について書かれている箇所でした。


Researchers who operate under the assumption that all languages have SA may read stress into the phonetic variations they hear or observe instrumentally. Since many tone systems are adequately described with no mention of SA, I am less inclined to posit SA in non-tonal languages which make it so hard to find evidence of stress, e.g. Bella Coola (§4), some variants of Berber and a number of languages of Ethiopia and the Indian subcontinent (Hyman 1977b). In other words, we might say: if word-stress is so hard to find, perhaps it is not there at all.
(p.246)


私は,一部の人たちが主張する韓国語ソウル方言の「アクセント」(ここでいう「ストレス」に近い)の話を思い出しました。(私が修士論文で扱ったテーマです。)私は,そこで言われている「アクセント」はとても怪しいと思っていますが,同じように怪しい話はあちこちにあるようです。

さすがハイマン。Hyman (1977b) も読むとおもしろいかも。


コメント
この記事へのコメント
都城方言はストレス言語?
登場してしまいました(笑)
僕もこの論文ざっと読んでみたんですが(エジンバラでBさんにこの論文をもらいました)、面白いと感じました。
気になっていたことは、Hymanさんの定義によると、いわゆる尾高一型アクセントの方言は「ストレス」を持つ方言ということになるんじゃないかということです。
Nubi語は確か、形態論的に条件付けられたトーン付与規則を有しているんじゃなかったでしたっけ?基底表示にピッチに関する指定がある点で「トーン言語」に近いけれども、すべての語が高い音節をひとつだけ持つので「ストレス言語」とも言えるというのがHymanの考えだった気がします。実はよく覚えていません(手元に文献がないのです)。となると鹿児島方言もNubiと同じでpivotalになるのかしら?
ということで、基底表示にピッチの指定がなく、かつ語の音節がひとつだけ高くなる「尾高一型」の方言はストレス言語ということになると考えたのですが、どうでしょう。僕が誤読しているのかもしれませんね。
この論文はもっと深く読んでみるべきかも知れません。バッサリとした切り口の論で穴がないように見えましたが、意外と日本語諸方言に境界的事例が見つかるかもしれません。
2008/04/01(火) 00:28:36 | URL | イガラシ #wpW1MZy.[ 編集]
イガラシさんが反応するだろうと思ってました(笑)メールで来るかと思いましたが。

都城・鹿児島の話,実は私も論文を読んだとき同じことを考えました。都城方言の場合,たぶん,lexical wordのレベルではなくpostlexicalに付与されるということで,ストレス言語には含まれないんじゃないかと思いますが・・・どうなんでしょうね?

Hymanの論文の中でフランス語は確かストレス言語ではないことになってました。でもフランス語の場合はまた違うのかな・・・ フランス語っていわゆるdephrasingするタイプの言語でしたっけ?

鹿児島方言はpivotalなケースになりうるんじゃないかと思います。ただ,lexical wordにストレスが付与されているとみた場合,助詞がついたときにはストレスが後ろに移動すると考えなきゃいけなくなりますね。

都城や鹿児島みたいに後ろが高くなるようなタイプの方言の場合,そういうHが移動する現象が気になります。韓国語の方言なんかには,そういうことのない,もっときれいなpivotalなケースが見つかるような気がします。

日本語や韓国語のアクセント研究に馴染みのある者としては,日本語や韓国語の方言がストレス言語に分類されてしまうと感覚的に違和感を感じてしまいますが・・・でも,まあそれはそれでいいのかなとも思ったりします。
2008/04/03(木) 07:44:39 | URL | A. Utsugi(管理者) #LBBrlPtc[ 編集]
お返事ありがとうございます。
メールでもよかったんですが、こういうのも面白いかなと思って(笑)

議論を継続するまえに、Hymanを精読してみます。

> 日本語や韓国語の方言がストレス言語に分類されてしまうと感覚的に違和感を感じてしまいますが・・・

Hymanの類型論における用語「ストレス」が指示する対象は、つまるところ伝統的に「アクセント」と名付けれられてきたものとおおよそ一致すると思います。「日本語も英語もアクセントを持つが、前者はピッチアクセントであり、後者はストレスアクセントである」なんていった場合の「アクセント」ですね。Hymanは音声的実現に基づくこの種の分類を廃して(これには僕も賛同)、両者を「ストレス」という用語で統一しているわけですよね。「アクセント」に統一したほうが語弊がないような気もしますが。そうすれば日本語・韓国語の一部の方言を「ストレス言語」と呼ぶことの違和感を回避できます。

仮にストレスでなくアクセントという用語を用いるならば、Hymanの見解は、「日本語(東京方言)はアクセントを有する言語のように言われてきたが、あんなものは類型論的にはいわば中途半端なもので、英語やロシア語のアクセントこそが真のアクセントだ」というふうに解釈できると思います。東京方言のアクセントの中途半端ネスをとらえていて好きです。

で、都城や鹿児島は多分、「アクセント(=ストレス)言語」とみなせるものとなって、近畿方言などは音節がTBUじゃないうえ、Hが二つ以上ありえるので「アクセント(=ストレス)言語」にはならないということになるのだと思います。

...なんだか結局のところ、Hymanの類型論は、「アクセント(=ストレス)」の指し示す対象を厳密に、狭く定義しただけのもののようにも思えてきました。

> フランス語っていわゆるdephrasingするタイプの言語でしたっけ?

Jun & Fougeron (2002)によればソウル方言と似ているんじゃなかったでしたっけ?
2008/04/04(金) 16:34:56 | URL | イガラシ #wpW1MZy.[ 編集]
「ストレス」と「アクセント」
> Hymanの類型論における用語「ストレス」が指示する対象は、つまるところ伝統的に「アクセント」と名付けれられてきたものとおおよそ一致すると思います。

確かに。早田先生とかBeckmanのいう「アクセント」に近いですね。ただ,Hymanの考えでは,中途半端な東京方言ははじき出されてしまうわけですね。

ただ,これを「アクセント」と言ってしまうと,逆にアメリカ人が違和感を持つかもしれないと思いました。Pierrehumbertのpitch accentに相当するもの(つまり,イントネーションの構成要素のひとつ)を,Bolingerなんかはaccentと呼んできたわけですので。Accentという用語に関しては,Ladd (1996) にも書いてありました(p.155; notes 2, 3, and 4 in chapter 2)。

本題からそれてしまいましたが・・・。
2008/04/08(火) 00:46:03 | URL | A. Utsugi(管理者) #LBBrlPtc[ 編集]
ご無沙汰しております。
この一ヶ月語学教師をやっていて疲れきっており、研究ができていません。そんなこんなで、ずいぶん連絡が途絶えてしまって恐縮です。ご挨拶代わりにここに書き込みです。

> Pierrehumbertのpitch accentに相当するもの(つまり,イントネーションの構成要素のひとつ)を,Bolingerなんかはaccentと呼んできたわけですので。

そうですね。
でも音韻論研究全体において「イントネーション研究」は米国でも(そして欧州でも?)やっぱり少数派でしょうから、「アクセント」をBolinger流に「イントネーションの構成要素」ととらえるひとも少数派なのだと思います。

僕なんかはHymanのいう「ストレス」を最も狭義の「アクセント」ととらえ、必要とあればその音声実現の際によって、ピッチ・アクセントとストレス・アクセントに分けるのが一番いいのかなと思っています。
まあ、用語の問題に過ぎないので、あまり本質的な議論ではありませんが。

ところで早田先生が東京方言の有核vs.無核の区別どうとらえていたか気になります…

GWを利用してロシアに行ってきます。
2008/04/29(火) 00:07:40 | URL | イガラシ #-[ 編集]
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