マルソリ・ラボ
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アクセント句とは何か?
「アクセント句」という用語が、私のこれまでの論文にはよく出てきます。私の博士論文のメインタイトルはずばり、「朝鮮語ソウル方言におけるアクセント句」ですし。でも、今になって、「アクセント句」とはいったい何なのか、よくわからなくなってきています。ここのところ論文を読んでいて、そのへんにちょっと進展があり、ここにまとめてみたくなりました。

私が韓国語(ソウル方言)に関する論文の中で「アクセント句」と言うとき、ある意味では、それは極めて明確でした。つまり、Jun, Sun-Ah氏の言うAccentual Phraseとイコールだということです。Jun, Sun-Ah氏は、今日のソウル方言の韻律研究において代表的な人物です。私のこれまでの研究は、基本的には彼女のモデルをたたき台にし、そこに見出される問題点からスタートして新たな方向を切り開いていこうするものだったので、多くの概念は彼女のものをそのまま用いていたわけです。

では、Jun, Sun-Ah氏にとってのアクセント句(Accentual Phrase)とは何かというと、ソウル方言において(ほぼ)一定のピッチパターンを決定する単位のことです。(ただし、このピッチパターンにはかなりの変異形があるので、「一定の」とは言いがたい部分もあります。)彼女のモデルでは、ソウル方言の韻律には二段階の句(アクセント句とイントネーション句)が仮定されるのですが、このうちの下位のほうです。ちなみに、イントネーション句は境界音調(boundary tone)のドメインとなる単位です。(これらについて、詳しくは、私の博士論文朝鮮語研究会の発表要旨をご覧ください。)

さて、このJun, Sun-Ah氏のアクセント句(Accentual Phrase)は、Pierrehumbert and Beckman (1988: 以下、P&B)が日本語東京方言に関して言っているaccentual phrase(こちらは小文字)と無関係ではないでしょう。なにしろ、Jun, Sun-Ah氏はBeckmanの教え子ですから。ただし、Jun, Sun-Ah氏のアクセント句が、P&Bからアイディアを得たことはほぼ間違いないとしても、Jun, Sun-Ah氏(および私)が韓国語ソウル方言に関して言うアクセント句と、P&Bが日本語東京方言に関して言うアクセント句は、かなり異なる性格を持ったものです。

そもそも、P&Bにおいて、日本語東京方言におけるアクセント句は、以下の二つの特徴を持つものとして定義されます。
・L%のドメイン
・アクセント核をゼロないし一つ有する単位
(この定義自体、かなり理論的な論点を含んだものですが、そのへんの話はここではやめておきましょう。)

ここでL%というのは一種の句音調とみなせます。ソウル方言における一定の音調も、句音調と呼びうるものなので、この点では両言語のアクセント句は同じと言ってよいでしょう。しかし、二つ目の点(アクセント核に関して)は、明らかに違います。ソウル方言はいわゆる無アクセントの言語で、「アクセント核」に相当するものがありませんから。

さて、話が長くなりましたが、ここまでは私が今まで理解していたことです。書きたかったのはこの先です。実は、私がここ最近混乱していたのは、「アクセント句」という用語が、どうもP&Bとは関係ないところでも使われているようだということを知ったからです。でも、その場合の「アクセント句」が何であるのか、そして、誰が最初に言うようになったのかがよくわかりませんでした。

そんななか、昨日、以下の論文を読んでいて、糸口が見えました。
羅聖淑(1974)「韓国語大邱方言の音韻 ― アクセントを中心に ―」『言語研究』66, 1-44.
この論文では、「アクセント句」という用語を用いるとともに、この用語について次のように書いています(p.15)。

早田(1973, p.143)によるアクセントの現象を記述するために用いたもので、基底形式において ##__## の脈絡にありかつその中に##を含まない記号列を「アクセント句」という。

早田(1973)というのは参考文献欄に挙げられていないので、おそらく参考文献欄に挙げられている早田(1971)の誤りでしょう。早田(1971)は今手元にないのですが、早田氏の別の論文(『言語研究』66, 1974年)に、早田(1971)の引用を発見しました(p.77)。

"Each lexical category (e.g., noun, verb, adjective) and each category that dominates a lexical category (e.g., sentence, noun phrase, verb phrase) has word boundaries associated with it, designated with the symbol #, to the left and to the right of the string which it dominates. ..."accentual phrase" [is defined] as a string contained in the context ##__## and containing no occurrences of ##." (P.143)

羅(1974)における言及と一致します。

要するに、早田氏が1971年にアクセント句という概念を提案しているということです。このアクセント句が何なのかは、上の引用だけではいまいちよくわかりません。1971年の論文を読んでみる必要がありそうです。

さて、いくつか疑問があります。まず、P&Bの「アクセント句」は早田(1971)に由来するものなのか?おそらく、違うでしょう。P&Bには、早田(1971)をはじめ、早田氏の論文への言及はいっさいありません(P&Bはけっこう日本で出た論文を見ている方ですが)。次の疑問は、P&Bのアクセント句と早田(1971)のアクセント句は全く異なるのか、というものです。これについては、早田(1971)のアクセント句をわたしがまだ理解していない以上、何とも言えません。互いに影響を与えていないのであれば、全く異なる可能性もあります。でも、どちらも日本語の分析から生まれているので、似ているかもしれません。

いずれにしても、今日の研究で用いられている「アクセント句」という概念には、どうやら二つの異なる系譜がありそうです。このへんは、注意した方がよさそうです。

コメント
この記事へのコメント
韓国語の声調の型について
 はじめまして。

 日本語のアクセント史と朝鮮語のアクセント史について比較したいと思っているのですが、韓国語側の資料が中々揃わず、ここに質問させて頂きました。

 中期語の声調は李朝語辞典を調べたらいいと思うのですが、語形が多様で、検索に手間が掛かるので、現代語から対応する中期語の語形を検索する方法は無いでしょうか?

 また、韓国語の方言のアクセント(&音長)の型と、型に所属する語について調べる場合、日本語なら、金田一春彦先生や平山輝男先生の著作を見ると外観が掴めるのですが、韓国語なら現在入手可能な文献ではどのようなものがあるか教えて頂けませんでしょうか?

 以上二点について、アドバイスなど頂けましたら幸いです。
2006/07/16(日) 19:00:43 | URL | Venadu #-[ 編集]
Re: 韓国語の声調の型について
> Venaduさん

コメントありがとうございます。

一点目について:
私もよくわかりません、、、

二点目について:
これ一つを読んだら概観をつかめるというものがあったらいいのですが、そういうものを残念ながら私は知りません(私自身の勉強不足かもしれませんが)。いろいろな論文を見比べながら理解を深めていくしかないのではないかと思います。以前に書いた以下のページを参考にしてみてください。
http://utsakr.blog65.fc2.com/blog-entry-10.html
特に、以下の二つの本は、複数の論文が収められているので、利用しやすいと思います。
・早田輝洋 (1999) 『音調のタイポロジー』大修館書店.
・福井玲 編 (2000) 『韓国語アクセント論叢』東京大学大学院人文社会科学研究科附属文化交流研究施設 東洋諸民族言語文化部門.

韓国で出版されたものとしては、金次均氏の一連の著作が代表的だと思います。例えば、以下のページで紹介したものなど。
http://utsakr.blog65.fc2.com/blog-entry-13.html

私自身、これまで主に、いわゆる無アクセントのソウル方言を研究していて、最近になって慶尚道方言のアクセントを勉強し始めたところなので、ご質問のことに関してはあまり詳しくありません。そんなわけで、Venaduさんが今後お調べになっていく過程でわかったことなど、是非教えてください。
2006/07/16(日) 22:21:00 | URL | A. Utsugi(管理者) #btRuaFx6[ 編集]
Re:Re: 韓国語の声調の型について
 アドバイスありがとうございます。
 参考にさせて頂きます。

 中期語に関してはもう少し自分で調べてみます。
2006/07/16(日) 23:43:59 | URL | Venadu #-[ 編集]
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2年ほど前に「アクセント句とは何か?」という記事を書きました。簡単に要約すれば,「アクセント句」(accentual phrase)という用語には,Pierrehum...
2008/05/21(水) 18:32:10 | マルソリ・ラボ
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