マルソリ・ラボ
言語学、音声学、日本語、韓国語など。
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松本教授事件から思うこと
海外にいると日本のニュースがどうもよくわかりません。もちろんインターネットでいろいろと見ることはできるわけですが、そのニュースに対する世間の反応とか、そういうものを感じることができないのが、残念なところです。

今気になっているのは、早稲田大学の松本教授の事件。記事はいろいろありますが、例えば以下の毎日新聞の記事とか。
クローズアップ2006:早大教授・研究費不正使用 研究費集中が誘発要因

研究にはお金がかかります。ただ、言語学の場合、かかるお金は自然科学系と比べてごくごくわずかです。私の場合、いちおう「実験」を行うぶん、他の言語学者よりはお金を必要とする方かもしれませんが、実験もフィールドワークも行わない多くの言語学者にとって、かかるお金といえば本代と学会に出かける旅費ぐらいでしょう。そんなわけで、巨額な研究費とは縁の遠い言語学者にとっては、今回の事件はあまり関係がないことかもしれません。

ただ、はたして本当に関係のないことだろうか、とも思います。スケールが全然違うにしても、ある部分では似たようなことが起きていないだろうかと。つまり、本来研究が第一であり、そのために研究費があるはずなのに、いつのまにか研究費を獲得することそれ自体が目的化し、めでたく研究費を獲得した時点で、さてどう使おうかと困ってしまい、つまらないことに使ってしまうようなケースはないだろうかと。もちろん、今回の事件のように私的に蓄財してしまうような例は知りませんが。

全体として研究費が余っていると言っているのではありません。足りていないところも間違いなくあります。言いたいのは、研究費の審査、配分の仕方に問題はないだろうか、ということです。

この事件に関して、興味深く読んだのは以下の二つのブログです。

柳田充弘の休憩時間:白昼堂々の早稲田大学教授
「本来の研究能力にふさわしくない、巨額の研究費をとることを画策して、手にした研究者がどのようになっていくか、一つの例ではないでしょうか。」とのこと。

Y日記:松本和子教授事件の背景と教訓
「選択と集中」の政策を批判しています。「何でも大型化・重点化すれば、成果があがるというものではない。」その通りだと思います。

今回の事件はいろいろな問題を示唆していそうです。そして、その根は私の想像が及ばないくらい深いところにあるのかもしれません。

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